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東京地方裁判所 平成3年(刑わ)1317号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

〔認定した犯罪事実〕

第一  被告人は、中国国籍を有する外国人で、昭和六三年五月二〇日、同国政府発行の旅券を所持して、千葉県成田市所在の新東京国際空港に上陸して本邦に入ったが、在留期間は平成元年五月二〇日までであったのに、同日までに在留期間の更新又は変更を受けないまま出国せず、平成三年六月二〇日まで東京都豊島区〈番地略〉A方などに居住し、在留期間を経過して不法に本邦に在留した。

第二  被告人は、平成三年六月二一日午後二時過ぎころ、東京都台東区〈番地略〉所在のパチンコ店株式会社みとや千束店店舗内において、同店舗内に設置してあった回胴式遊技機(通称パチンコ型スロットマシーン)二六五番機の遊技メダル投入口に所携の定規様のセルロイド様器具(〈書証番号略〉)を差し込み、同遊技機に内蔵されている投入メダルを読み取る感知装置などを異常反応させる方法により、同店店長Bの管理にかかる遊技用メダル(現金一〇〇〇円でそのメダル五〇枚と交換してゲームを行い、残ったメダルは景品と交換することができる。)一二〇〇枚以下の相当数を同機から排出させてこれを窃取した。

〔証拠〕 〈省略〉

〔窃盗の事実認定の補足説明〕

被告人は第二の窃盗の事実を否認し、逮捕当時に被告人がゲームをしていたパチスロ機のメダルは、被告人が自分の所持金で交換したメダルを用いて正規の方法でゲームをした結果取得したものであって、本件セルロイド様器具を携帯したままゲームをしていたが、それはズボンのポケットに入れたままで使用していない旨供述しているので、以下、窃盗の既遂を認めた理由を補足説明する(括弧内の甲、乙の別及び算用数字は認定の根拠となる前掲証拠の検察官の証拠請求番号を示す。)。

一  本件回胴式遊技機(パチスロ機)の仕組み(〈書証番号略〉、B証言)

1  本件パチスロ機はパチンコ店に設置されている「コンチネンタルⅢ」と称されるスロットマシーンであり、客は、一〇〇〇円で五〇枚の遊技用メダルと交換してパチスロ機でゲームし、ゲーム後に残ったメダルを景品と交換することができるというものである。客は、メダル投入口から一枚ないし三枚のメダルを投入し、スタートレバーを操作してパチスロ機の中の縦三列のドラム(回胴)を回転させ、各ストップボタンを操作することによって各ドラムを停止させ、停止した際のドラムの絵柄の組合せによってメダルの得喪を競うという仕組みになっている。

2  停止する三つの各ドラムは上段、中段、下段の三つの絵柄を表示し、一枚を賭けた場合は中段の横一列、二枚の場合は横三列、三枚の場合はこれに加えて両対角線の斜め一列にそれぞれ当りの絵柄の組合せが出るかどうかによって勝負が競われ、大きな「7」の絵柄が三つ揃うとビッグボーナスゲームと称される大当りになり、客はボーナスゲームを行うことにより最終的に平均で三二〇枚から三三〇枚程度のメダルを獲得できる。

3  以上のドラムの停止時の絵柄の組合せはパチスロ機に内蔵されているコンピューターによって制御され、当りの出やすさを六段階に調節できるが、大当りの出る確立は概ね二五〇分の一に設定されている。

4  なお、メダル五〇枚まではクレジットとしてパチスロ機の機械内に蓄えられることになっており(ただし、現実に蓄えられるわけではなく、クレジットの枚数として電光表示でパチスロ機の右側に表示される。)、当りが続いてクレジットが五〇枚を超えたときにパチスロ機の下のメダル払出口からメダルが排出されてメダル受皿に溜まる仕組みになっている。また、途中でゲームを止めるときは、払出ボタンを押すことによって表示されているクレジット枚数分のメダルがメダル払出口から排出される。

二  セルロイド様器具による不正操作と窃盗罪の既遂時期等

1  被告人が所持していたセルロイド様器具は、パチスロ機の不正操作に利用されているもので、非常に薄い湾曲した形の透明のセルロイド様の板で先端に銀紙テープが貼られている(〈書証番号略〉、B証言、被告人の公判供述)。

2  この器具を用いて警察官が行った実験結果によれば、この器具を本件パチスロ機のメダル挿入口から入れて固定した後、①正規のメダルを入れてそのメダルが電子セレクター(投入メダルの枚数や真偽を判別する装置)内部のメダルの真偽を判別する磁気センサー部を通過してからメダルの枚数をカウントするフォトセンサーを通過するまでの間に、メダル投入口のすぐ脇にあるメダルキャンセルレバーをすばやく叩きセルロイド製器具を振動させ、これによって銀紙部分をフォトセンサーに感知させてクレジットの表示枚数を増やすという方法、または、②機械をゲーム開始状態に設定し、スタートボタンを押すのと同時にキャンセルレバーを叩き、磁気センサーの取付け基板を振動させて磁気センサーに正規のメダルが投入されたかのような異常反応をさせ、①と同じく磁気センサーを感知させてクレジットの表示枚数を増やすという方法の二通りの方法によって不正にクレジット枚数を増やすことができた。なお、②の方法による場合には一瞬パチスロ機から異常音が発生し、メダル投入表示灯も暗くなる(〈書証番号略〉)。

3  また、警察官が本件パチスロ機で本件セルロイド様器具を使って不正操作をしながらゲームを続ける実験をしたところ、一回目では六ゲーム目、第二回目には七ゲーム目で大きな「7」が三つ揃う大当りが出た。さらに、別の刑事事件で、警察官が同様の器具を使って本件パチスロ機と同種の同店の二五六番台機で実験したところ、三ゲーム目、五ゲーム目でそれぞれメダル一五枚を獲得できる小当りが出て、八ゲーム目で大当りとなり、同じく二五五番台機では一八ゲーム目で大当りが出たことが報告されている(〈書証番号略〉)。

これらの実験結果からみると、そのメカニズムは不明であるが、セルロイド様器具を挿入して不正操作をすることにより、電子セレクター内部だけではなく、ドラムの制御機能になんらかの異常が生じて、正規の方法による場合よりも大当りの絵柄が出る確率が高くなることが一応推認されるが、右の各実験の回数が少ないことや、そのメカニズムが不明であることなどに留意すると、大当りが不自然に多く出ているという事実だけから、不正操作が行われたと断定することにはなお慎重でなければならず、不正操作が行われていた可能性が高いことを示す一つの徴憑として考慮するに留めるのが相当である(パチスロ機の販売会社の担当者は、セルロイド様器具から発生する静電気によってメインPCBのコンピュータが影響を受けて大当りが出やすくなる可能性があると説明しているが(〈書証番号略〉)、その説明には確たる根拠も示されていないうえ、セルロイド様器具が挿入されるのはパチスロ機の向って右側で、メインPCBが設置されているのはそこから離れた左側下部であるから、そもそもメインPCBが静電気の影響を受けるということに疑問があり、また、仮に静電気がメインPCBに達していたとしても、セルロイド様器具から生じるわずかな静電気によって簡単にメインPCBに異常が生じるとも考えにくい。)。

4 以上のようなパチスロの仕組みや不正操作の方法に照らすと、セルロイド様器具を用いた不正操作によるメダルの窃取の実行の着手時期は、器具をメダル投入口に入れた時であり、現実にメダル払出し口からメダルが排出された時点で既遂に達したものと認定するのが相当である。

なぜならば、まず、実行の着手についてみれば、不正操作を行う意図でゲームを始める場合でも、不正操作の手段として、あるいは不正操作を行うことをカムフラージュするために、当初は所持金とメダルとを交換し、これをメダル受皿に一時保管し、不正操作を始める前に何回かは正規の方法でゲームを行うのが通常であろうが、その時点では未だ客観的にみて窃盗の実行行為と目すべき行為は何も行われていないから、窃盗の着手を認めることはできない。しかし、一度セルロイド様器具をメダル投入口に設置すれば、メダル排出に向けた具体的行為が開始されたことになるので、この時点では着手があるというべきであるからである。また、既遂時期については、不正行為によりメダルをパチスロ機から排出させた時点で、パチンコ店の占有を排して客がメダルの占有を取得したといえるので、窃盗の既遂に達したものと解することができる(これと異なり、パチスロ機ではクレジット分はボタン一つでその数のメダルを排出させることができるのであるから、クレジットの表示枚数を増やしたことによりパチスロ機内のメダルの占有を客が取得したものと評価するのが相当であり、その時点で窃盗は既遂に達するとし、したがって、排出前のクレジットの増加分も窃盗枚数に含めるべきであるとの見解も考えられるが、容易に排出が可能でもパチンコ店の管理するパチスロ機の中にメダルがある限りはパチンコ店のメダルに対する占有を完全に排したとは言えず、また、クレジットの表示枚数は、実際にパチスロ機の中に蓄えられているメダルの数を示すものではなく、クレジットの枚数分のメダルが中に蓄えられているかのようにパチスロ機が作動するよう設計・製作されているに過ぎないのであって、いったん不正行為で表示枚数を増やしても、そのままゲームを続けて表示枚数が減れば客はメダルを手元に取得できずに終わるから、単にクレジットの表示枚数を増やしただけの段階では、窃盗罪の客体たる特定の財物の占有を取得したと解することはできない。)。

なお、客がいったん不正行為を始めれば、たとえその後に正規に交換したメダルを用いてゲームをしても、パチンコ店としては不正行為によってメダルを増やしているか否かに関係なく客のゲーム続行を許容しないのが当然であるし、客としても一度不正操作をすればゲームの続行が一切許されなくなることは十分認識しているはずである。したがって、仮に不正行為開始前に正規のメダルを入れたためにクレジット数が残っていたり、不正行為を始めた後に正規に交換したメダルを機械に投入することがあっても、不正行為開始後のゲームはいかなる手段に拠ろうが全て許されない不正な機械操作とみるべきであり、これ以降にパチスロ機から排出されたメダルは、全て不正に取得したものであるというべきであって、法的には窃取したものと評価すべきである。そうすると、メダルの窃取枚数は、現実に不正行為を始めた後にパチスロ機から払出しをした枚数全部であると考えられるが、当初現金と交換してパチスロ機の下の方にあるメダル受皿に入れておいたメダルや、不正行為を始める時までにゲームをして正当に払出しを受けたメダルは、窃取に着手する前から自己の占有していたものであるから窃取したものとはいえない。不正行為により排出させたメダルが他のメダルと混同して区別ができなくなったときは、パチスロ機に残っていたメダルは全て窃取したものと評価すべきであるとの見解もあるが(後述するように本件公訴事実の記載はこの見解に依拠している。)、単に区別ができないとかメダル窃取の目的で取得したものであるとの理由だけでは、本来は窃取したものではないメダルまでが事後的に窃取したという評価を受けるべきであるとする十分な理由にはならず、立証の困難さなどを理由に明文の根拠もなく被告人側に立証責任を転換するような右の見解は採用できない(残ったメダル一個一個についてそれが窃取されたものかどうかの区別はもとより要求されないし、正規に取得したメダル数が僅少であることが判明しているのであれば、窃取枚数を記載するには残ったメダル数に「約」を付する程度で足りることである。)。

三  本件の具体的事実経過

1  関係証拠によれば、被告人が逮捕される前後の状況に関し、次の各事実が認められる。

(一) 被告人は、本件セルロイド様器具を携帯して本件パチンコ店にはいり、二六五番台機の本件パチスロ機でゲームをしていたが、同店の馴染み客から店長のBに対し、被告人がゲームをしているパチスロ機から異常音が出ており、被告人が右手で何かの操作を行っているらしいとの通報があった(〈書証番号略〉、B証言)。

(二) そこで、Bは、三分ないし五分くらいの間、被告人の様子を事務室内のモニターテレビで観察していたところ、被告人は周囲を気にして落着きのない様子で、右手をメダル投入口付近においたままにして左手でストップボタン等を押してゲームを続けていた(なお、被告人は右利きである。)。その様子を見てBは被告人が不正行為をしているものと確信し、被告人に近づき、ゲームを続けている被告人の肩を叩いて声を掛けたところ、被告人は突然右手を跳ね上げ、本件セルロイド様器具を床に落とした。そして、被告人が逃げる素振りを示したので、Bは被告人の腕を掴んでそのまま事務室まで連行しようとしたところ、事務室の手前付近まで来てから被告人はBに対し日本語で「ごめんなさい。」と謝ったが、隙を見ていきなりエスカレーターを逆走して店外へ逃げ出した(〈書証番号略〉、B証言、被告人の公判供述)。

(三) Bは、直ちに店外に出た被告人を追いかけて窃盗の現行犯として逮捕し警察に引き渡したが、店に戻ってから本件パチスロ機付近を調べ、本件セルロイド様器具(〈書証番号略〉)が捨てられているのを発見した。

なお、被告人は、警察に引き渡されるまでの間、Bらに対し、パチスロ機に残っていたメダルが正当に取得したものであるとか、セルロイド様の器具は使用していないというような弁解は全くしなかった(〈書証番号略〉、B証言、被告人の公判供述)。

(四) 被告人がBに声を掛けられた時点で、本件パチスロ機に残っていたメダルの枚数はクレジット分も含めて一二〇〇枚であり、そのうちのクレジット分の枚数は不明である(〈書証番号略〉、B証言)。

以上の各事実は、その大半がBの公判での証言及び捜査段階での供述により認められるものであるが、同人は、被告人がセルロイド様の器具で不正操作をしているかどうかはモニターテレビで確認できなかったことや、被告人に声を掛けたときに被告人が右手でセルロイド様器具をメダル投入口から出したか否かは目撃していないことなども率直に供述しており、ことさら被告人に不利な供述をして被告人を有罪にしようとするような態度は見受けられず、その内容には特段不自然な点はなく、関係証拠とも矛盾しないので、同人の供述内容は十分信用できるものと判断し、その供述に副った事実を認定したものである。

2  また、本件パチンコ店では、各パチスロ機のメダルの投入・払出しの各枚数などをシステムマスターという装置によって事務室のモニターテレビに表示して管理しており、六月二一日の二六五番台機のメダルの動きなどについてみると、一〇時から一六時一八分までの間に、四回の大当りがあり、投入枚数は六〇四枚(ただし、不正操作をしてクレジット枚数を増加させた場合に、その増加分が右枚数にカウントされるか否かは定かでない。)、払出枚数は一六六二枚で、店が差引一〇五八枚損をしていることになり、出率は二七五と記録されている。また、メダルの投入・払出しの推移を記録するグラフをみると、ほぼ一貫して投入枚数の増加に比べて払出枚数の増加が多い状態、すなわち客の手持ちのメダルが次第に増えていくという状態が続いており、途中からは急激に客の儲けが大きくなっていることが読み取れる(〈書証番号略〉)。

ただし、当日、被告人が同パチスロ機でゲームをする前に他の客がそのパチスロ機でゲームをしたかどうかは証拠上必ずしも明らかではない。B及びパチスロ機の販売店の担当者はメダルの払出し枚数が異常に一貫して増えているので、被告人が不正行為をしたとしか考えられないと供述をするが(〈書証番号略〉)、二回程度は偶然に短い間隔で大当りが出ることも考えられるから、他の客が被告人の前にゲームをしてメダルを獲得した可能性や、被告人自身が正規の方法でゲームをしているうちに大当りを一、二回出したという可能性も全く否定し去ることはできない。

もっとも、被告人の供述によっても、被告人はせいぜい三〇分位しかゲームをしていないのに、その間に三回は大きな7の数字が三つ揃う大当りを出したことになるので(被告人の公判供述、B証言、〈書証番号略〉)、システムマスターに記録されているゲームの半分以上は被告人の行ったものであると一応推定することができるとともに、通常の大当りの確率やセルロイド様器具を使った前述の実験結果に照らすと、被告人が不正操作をして大当りを出し、そのためにかなりの枚数のメダルを本件パチスロ機から排出させたという可能性は相当高いということができる。

3  被告人は、捜査段階(〈書証番号略〉)及び公判廷でおおよそ次のような趣旨の供述をして、セルロイド様器具を使用したことを否認している。

すなわち、被告人は逮捕された前日に池袋でCという男からセルロイド様器具を二〇万円で買わないかと持ちかけられ、逮捕された日に被告人がCに二〇万円を支払って器具を購入し、その使用方法を教えてもらうために本件パチンコ店を訪れた。そして、Cが自分の持っていたセルロイド様器具でパチスロ機を操作してみせたがうまく操作できなかったので、被告人は本件セルロイド様器具をズボンのポケットに入れたまま正規の方法でゲームをしていた。被告人は二〇〇〇円分のメダルを取られた後、三〇〇〇円目のメダルでゲームをしているうち大当りが出たので、正規の方法でゲームを続けることとし、Cには外で待っていてもらうことにした。そのうち、店長のBに声を掛けられたので、あわててスボンのポケットから本件セルロイド様器具を取り出してこれを捨てて、隙を見て逃げ出したが、「ごめんなさい。」と謝った事実はない、というのがその概略である。

しかしながら、被告人の供述するとおりであるとすると、Cが持っていたセルロイド様器具も被告人の所持していたものと同種のものと推認されるが、本件セルロイド様器具を使って実際に不正操作ができることは前述の実験結果から明らかであるから、同種の器具でCが不正操作をすることができなかったというのは信用性が薄い。また、二〇万円という大金を払って入手したセルロイド様器具を試すために本件店舗でゲームを始めたのに被告人自身は一度も試そうとしなかったというのも不自然さを拭えない。さらに、最初負け続けて二〇〇〇円分の交換したメダルを失ったという事実もシステムマスターの記録上は全く認められない。また、被告人は、「ごめんなさい。」と日本語で謝ったことを否定するが、B証人の供述はこの部分は捜査段階から一貫しており、同証人の証言が虚偽であるとは考えられないから、、謝罪の事実は否定できないところ、被告人が、不正もしていないのにすぐに謝ったり、エスカレーターを逆走してまで逃走を試みたり、わざわざズボンのポケットに入れていたセルロイド様器具を発見されやすい店内で捨ててから逃げるというのは、当時セルロイド様器具を携帯していたために誤解を受けるおそれがあったというにせよ、真に不正操作をしていなかったのであれば、かなり合理性を欠いた不自然な行動であることは否めない。しかも、証人Bは、被告人が右手を跳ね上げてセルロイド様器具を落としたのを目撃しており、同証人は、被告人がそれをメダル投入口から引き抜いたところまでは見ていないが、被告人がそれをズボンから取り出すような所作はしなかったと証言しているので、ズボンのポケットから取り出したという供述部分もただちに信用できない。

したがって、本件セルロイド様器具を使用しなかったという被告人の供述は全体的に不自然、不合理な点が多く、他の証拠とも符合しないので、信用することができない。

四  窃取罪の成否等についての判断

1  以上の認定・判断に基づいて窃取行為の有無について判断する。右にみたとおり、B店長は被告人が本件セルロイド様器具をメダル投入口から取り出したところを直接目撃しているわけではなく、他の者がこれを目撃していたとの証拠もない。また、被告人がキャンセルレバーを叩くなどの不正操作をしているところを直接目撃したとの証人もいない。しかし、被告人がゲームをしていたパチスロ機から不正操作をしたときに生じる異常音を聞いた者がいること、不正行為を行うときと同じように右手をメダル投入口付近に置いたままの不自然な方法で被告人がゲームを行っていたこと、店長のBが被告人に声を掛けたときに被告人が本件セルロイド様器具を取り落としたこと、「ごめんなさい。」と謝り、逃走しようとしたことなど、前記認定の不正行為が行われていたことを推測させる諸々の徴憑事実を総合すれば、被告人が本件パチスロ機でセルロイド様器具を使って不正な方法でゲームを行っていたことはまず間違いないところであるといえる。それに加え、本件パチスロ機では、不自然にメダルの払出しの枚数が多く、しかも、ほぼ一貫して客のメダルの数が急激に増加していることや、大当りの回数も投入枚数に比べて異常に多いことは、不正行為によって、クレジットの表示枚数を増やしたりドラムの制御機能に狂いを生じさせたのでなければ余り起こり得ないことであって、本件パチスロ機のメダルの出入りの状況等も不正行為があった可能性が高いことを示している。したがって、これらを総合的に考慮すれば、遅くとも客からB店長に異常音の通報があった時には、被告人がセルロイド様器具をメダル投入口に入れて不正行為を始めていたものと認定することができる。

次に窃盗が既遂に達していたかについて検討すると、前述のとおり、大当りが続いたのは不正操作による疑いが濃いから、被告人が最終的に取得していたメダルのかなりの部分は不正操作を始めた後に払出しを受けたものと一応は推認できるものの、大当りの連続の事実のみからメダルを不正取得したという事実を認定するにはなお疑問が残らないわけではない。しかし、異常音の通報があってから後に被告人がゲームによって取得したメダルがあれば、それは不正行為により取得されたものであると断言できるところ、右時点から店長が被告人にゲームを中止させた時までは三分ないし五分以上が経過しており、被告人はこの間もかなりの回数のゲームをしていたはずであり(前述のようなゲームの方法に照らせば一ゲームには数秒しか要しない。)、システムマスターの記録では本件パチスロ機では払出しの枚数がほぼ一貫して増えていっているので、クレジットの枚数はほぼ常に五〇に近く、それを上回る分のメダルが、数ゲームに一度程度の相当高い頻度でメダル払出口から出ていた状態であったものと認められる。したがって、客からの通報があった後にも被告人がゲームによりメダルの払出しを受けていたことは明らかで、不正行為を始めてから後にもメダルの払出しを受けていた事実を認定することができる。

したがって、窃盗罪は既遂に達していたものと認定した次第である。

2  ところで、被告人の窃取した枚数については、本件公訴事実には「一二〇〇枚」と記載されているが、これは最終的にメダル受皿に残されていた枚数とクレジットの枚数を合計したものであることは前述のとおりである。

しかし、クレジットの枚数は窃取枚数に含まれないものと解すべきこと、また、不正行為を行う者でも当初はいくらかは現金とメダルとを交換するであろうし、正規の方法でゲームを行い、その結果として不正行為前に当りが出てメダルの払出しを受ける可能性も否定できないことは前述のとおりであり、本件の場合にも被告人が一切メダルを所持金と交換せずに当初から不正行為をしていたと認めるべき証拠はない。したがって、メダル受皿に残っていたメダルが全て不正行為後に払出しを受けたものとは断定し得ず、大当りが続いたのは全て不正行為によるものであるというのも推測の域を出ないから、結局、被告人がいつ不正行為を始めたのかも正確にはわからない本件では、メダル受皿に残っていたメダル(少なくとも一二〇〇枚からクレジットの最大限度五〇枚を控除し一一五〇枚は存したといえる。)のうち、どれだけが被告人の窃取したものかを確定することはできないと言わざるを得ない。そこで、犯罪事実としては、「一二〇〇枚以下の相当数のメダル」を窃取したものと認定した次第である(なお、当初からこのように窃取枚数を厳密に特定しないで起訴しても訴因が不特定であるとはいえず、メダルの窃取行為は、景品と交換する前の段階での犯行であってパチンコ店の財産的被害は無料でゲームが行われたという程度にとどまり、窃取枚数の多寡によって犯情の軽重に特に重大な差は生じないから、このような表現が被告人の防御上特に不適当なものであるともいえない。)。

〔法令の適用〕

◇罰条 第一の行為 出入国管理及び難民認定法七〇条五号

第二の行為 刑法二三五条

◇刑種の選択 第一の罪につき懲役刑を選択

◇併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四七条ただし書(第二の罪の刑に加重)

◇未決勾留日数の算入 刑法二一条

◇刑の執行猶予 刑法二五条一項

◇訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

〔量刑理由〕

本件は、被告人が、二年間にわたり日本に不法残留したうえ、セルロイド様の器具を使ってパチスロ機を不正に操作し、メダルを窃取したという事案であり、この種の不正操作によるメダルの窃取は常習的になされやすく、窃取したメダルを景品と交換すれば店に多額の損害が生じることになり、その発見も困難であって、最近、この不正行為が外国人の間で流行していることが推認されることなどをも考慮すれば、この種の犯罪の蔓延を防止するため、これを厳しく処罰し、原則として実刑をもって臨むことも考えられないわけではない。

しかし、不法残留についていえば、被告人は、当初から不法な目的で入国した者ではなく、我が国の風紀や治安を乱すような職業に従事していたわけでもない。そして、窃盗についても、幸いにも、本件ではメダルと景品が交換される前にその犯行が発覚し、結果的には店にはさしたる金銭的な損害も生じていないうえ、被告人が常習的に本件のような不正行為を行っていたことを推測させる証拠もない。したがって、日本における前科、前歴もない被告人を直ちに矯正施設に収容するのはやや酷であり、特に今回に限ってその執行を猶予するのが相当であると判断した。

(裁判官大島隆明)

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